2009年01月07日
越水 マッサージの日記更衣について
更衣について考えてみましたよ。
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更衣(こうい)とは、天皇の后妃の身位・称号の一つ。多くは四位・五位の女性が更衣の位を賜った。
『弘仁式』の逸文によれば、皇后・妃・夫人・嬪・女御の下位に位置する。更衣の名称は本来は天皇の着替えに従事したことに因んだものと考えられる。また、天皇の寝所に侍る宮女の汎称として、御息所と呼ばれることも多い。なお複数の更衣がいる場合は、主に父の位階や通称により「宰相更衣」「近江更衣」「按擦御息所」などとも称した。
『河海抄』によれば、承和3年(836年)の紀乙魚(桓武天皇後宮)を更衣の初例と記載するが、『続日本後紀』の記事からは確認できず、正史の上での更衣の初例は嵯峨上皇更衣として秋篠康子(秋篠高子)・山田近子が叙爵された記事とされている(『続日本後紀』承和9年正月3日条)。
女官としての更衣が成立した背景には、嵯峨天皇の時代に薬子の変を契機として後宮の整備が行われたことによるものと考えられる。また平城天皇朝以前の女御を二分して女御の下位に更衣を置いた事情として、天皇との間に設けた皇子女のうち、賜姓しない場合は女御とし、賜姓する可能性がある場合(出自が比較的低い女性の場合)は更衣としたと考えられる。
但し、『延喜式』においては妃以下と並列して記される箇所(『掃部寮式』『弾正台式』など)と、女御までしか記載しない箇所(『中務省式』『中宮職式』『大膳職式』など)があり、女御の地位の向上に伴い、更衣の存在意義は次第に薄れていったことが伺える。そして円融天皇朝を最後に天皇の后妃としての更衣は姿を消し、以後、更衣は有力貴族の女房へと変化していったらしい。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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